2010年01月

2010年01月28日

原田曜平
『近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」』
光文社
2010年1月20日
DSC05608 若ぶるつもりはありませんが、少なからず自らの感覚にかなり近いと思いました。“新村社会”とは、よく言ったもので、確かに一昔前と違って、今の若者はものすごく日本的です。空気がすべてと言っても過言ではありません。しかも、情報通信の発達によって、巨大なネットワークに組み込まれ、コミュニケーション能力も明らかに上がっています。しかし、調べものは検索で済ませ、図書館などでの魅力的な本との出会いを失っているというのは、先日読んだ『偶然ベタな若者たち』そのものです。体験もせず、情報を鵜呑みにして、わかった気になって行動しないといった、本書で言うところの既視感は、かなり危うい気がします。あと、下流化する上流も。それにしても、PCよりも携帯で打つ方が、速いしラクというのは、かなりカルチャーショックでした。

(23:29)

2010年01月22日

長山靖生
『『論語』でまともな親になる 世渡りよりも人の道』
光文社
2009年12月20日
DSC05583 最近、『論語』の本が多い気がします。昨今の強欲資本主義に対して、道徳を大事にしようというアンチテーゼなのでしょうか。自らを省みるのには、最適の教材です。ちょっと長いですけど、戒めにメモしておきます。「君子固より窮す。(大志を抱いて、自分のことよりも天下万民のことを思い、真実のために尽くそうとしているのだから、君子が物質的に困窮するのは、むしろ当然。)」、「子曰はく、古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす。(同じく道理を探求しようとしているとしても、昔の学者は、自分を高めたいという内発的な志でそれをしていたのに対して、今の学者は他人から称賛されたいという気持ちから、行っている。)」、「子曰はく、君子は言に訥にして行ひに敏ならんことを欲す。(立派な人間は、言葉は朴訥であってもよく(むしろ口数は控えめを心掛けるべき)、行動は敏捷であろうと努めるもの)」、「子曰はく、古者言をこれ出ださざるは躬の逮ばざるを恥づればなり。(古人が言葉を軽々しく用いなかったのは、自身の行動がそれに及ばないことを恥じる気持ちが強かったため)」、「子曰はく、其の之を言ふや怍ぢざれば、則ち之を為すや難し。(大言することを恥じる気持ちのない人間は(そもそも、それがいかに難しいかを慎重に検討していないので)実行するのは難しい)」、「子曰はく、君子は其の言を恥ぢて、其の行ひを過ごす。(立派な人間は、口先ばかりになりはしないかと恥じて、大言壮語や美辞麗句を控え、実際の行動のほうが少しでも言葉を上回るように努めるもの)」、「子貢君子を問ふ。子曰はく、先づ其の言を行うて而して後之に従ふ。(子貢が君子とはどんな人かを尋ねた。先生は言った。「まずその言わんとすることを実行して見せてから、後でものを言う人である」と。)」

(22:36)

2010年01月14日

河本敏浩
『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』
光文社
2009年12月20日
DSC05562 下世話な本だと思っていたのですが、読んでみると結構“なるほど”でした。「ゆとり教育」とはよく言いますが、東大入試は、30年前から比較すると量も圧倒的に増え、質も圧倒的に上がっていて、ゆとり教育どころではないようです。つまりは、学力低下ではなく学力格差が問題なんだと。中学受験で地方国立大の入試より難易度の高い問題を解くという昨今、昔は浪人1年で逆転できた学力が、今や小学・中学の段階で絶望的な学力格差が広がっているようです。そこには構造的な問題があると思います。勉強=競争であり、競争のないところからは勉強が消え、競争を離脱した瞬間に勉強から離脱するという考え方。受験能力(一定の問題を効率よく解くこと)と偏差値のみにしか意識がいかず、自分で探求する学習なんてそっちのけです。受験能力の高い学生が、大学入学後に凄まじい勢いで勉強をやめていくとか。ちなみに、大学の専門教育の成績は、高校成績や入試成績に相関関係はなく、初年次教育との相関関係が強いそうです(学問は探究心、知的好奇心の賜物ですね)。受験に使わないから、この科目は勉強しないという論理に、違和感をもって高校生活を送った覚えがあります。

(23:19)

2010年01月08日

関沢英彦
『偶然ベタの若者たち』
亜紀書房
2010年1月10日
DSC05546 なかなか面白いタイトルだと思い購入。上手く言ったもんです。確かに、育った時代背景もあり、若い人たちは不確定なことは避け、リスクは最小限に減らす傾向があると思います。あと、医学等の発達した今日では、親は選べませんが、自分が望めば、大抵のことは実現可能で、「どうしようもない偶然」を甘受することが、なかなか難しいと思います。つまり、偶然に遇わないような生活をするとともに、偶然を受け入れづらい状態にあると。ちなみに、本書に偶然ベタの3タイプ(ぼんやりタイプ(気がつかない人)、かたくなタイプ(拒んでしまう人)、うじうじタイプ(迷い続ける人))を診断する偶然ベタ度チェックがあるのですが、私は“かたくなタイプ”でした。頑固な性格がモロに出ました。

(23:34)